クリスマス本番はメンバー一同で鍋を囲み、
事もあろうに古泉の前で人生最大の恥さらしをする羽目になり、
失笑を堪える古泉の姿を視界にとらえるたびに泣きたくなった。




「最高だったよっキョンくん!」


称えてくださったのは鶴屋さんだけだ。
鍋はうまかった、が、落ち込んだ。
古泉があれで俺に呆れたらどうしよう、
この前は面白いと言っていたのに撤回されたら、
と我ながら女々しいなと思うくらい逡巡し、
長門の家で食べたケーキも味が分からなかったし、
ハルヒとのツイスターゲームでは全てを忘れようと必死になった。





だけど、その帰り道。



「こっ・・・いずみ、それ」
「似合いますか?暖かいですね、これ」
「似合う、似合ってる」
「それはよかった」




首に巻かれた紫色のマフラー、
それは俺が古泉に無理やり手渡した物だった。


何だよ、
早速使ってるのか、
何だよ、
嬉しいじゃねーか。



「顔、赤いですよ」
「おっ前は近いんだよ!近付けるな、バカ!」
「こーらキョン!また喧嘩してるわねっ!」




しとらんっ!




stairway step4





大晦日の前日まで予想外のアクシデントに巻き込まれながらも、
何とかSOS団の面々は無事に年を越すことができた。
円を作るように座って年始の挨拶をしたとき、
俺はもちろん古泉の対角線上を取った。
新年で一番最初に見るべき相手は古泉しかいないと思っていたからだ。




「今年も、よろしくお願いします」


笑顔の古泉が俺を見てそう言ったときは、
不覚にも涙が出そうになったぜ。






泣きそうになった、のにはそれなりの理由がある。
アクシデント、つまりはあの館に閉じこめられたことだが、
俺にとってのアクシデントはそれ自体ではなく、
その館の中での起こった一大イベントを指す。



時間の流れがおかしい館の中、
なるべく行動を共にしなければいけない、
ということで、
こっ・・・古泉と・・・
風呂に入ることに、なってしまった。
これが好きだなんて自覚していなければ、
いや自覚していても伝えていなければ、
意識せずに入ることが出来ただろう。


だが俺は古泉が好きで、古泉もそれを重々承知している。
小学生じゃあるまいし、
好きな相手と何をしたいかは少し考えれば分かることだ。
まだ具体的には考えていないが、
キスはしたいし、ゆくゆくはだな、
それ以上がしたいという気持ちがないと言えば嘘になる、
というかある。

しかしそれはまだ先のことで、古泉が俺に惚れて、
俺と、してもいいと思ってからの話だ。




まさかこんなところで順番をすっ飛ばし、
古泉の・・・裸、を、見ることになるなんて、
全く予想もしていなかった。
まずい。まずすぎる。
既にギリギリだ。





「早く戻らないと心配されますよ」


俺の心配など露知らず、
古泉は涼しい顔で着替えとタオルを手に取り、先をいく。
俺も慌てて後に続いて、この体の疼きをどうするべきか、
頭をフル回転させて考えていた。



「・・・・・・」



ごくり、と生唾を飲み込む音が聞こえてしまいそうだ。
臆することなく目の前でシャツを脱ぎ出す古泉を、
見ないようにしようと思っても反射的に視界に入れてしまう。
夏の合宿でずっと浜辺にいたって焼けなかった白い肌。
それがだんだん露わになる。
どうしたらいいんだ、触りたい触りたい触りたい。
いや、駄目だ、我慢だ、我慢。





意を決して俺もとっとと服を脱ぎ、
古泉に背を向けながら先に浴場へと向かう。
タオルで前を隠しつつ、だ、
俺も若い。そりゃ少しは、ムラムラときてしまうのも、仕方ないだろっ。
無心になり頭からシャワーを浴びてとにかく早く上がろうと思った。




「な、何だよ!」


のに、背中に突然、暖かな感覚が生まれる。


「背中、流しますよ」



こいつはどこまで危機感がないんだ!
俺はお前が好きなんだぞ。そんな俺に裸で接するということはだな、


「む、無理無理」



肩を軽く掴まれ、背中を二、三度擦られただけでもうダメだ。
いまだに一度も古泉の体を正視したわけでもないのに、
背中に感じる古泉だけで白旗ものだ。




「あなた・・・もしかして、意識、してます?」
「あったり前だろ」
「僕、あなたと同じ体ですよ?胸もないし、ついてるものもついてるし」



知ってる、そんなの、知ってる。



「女性の体なら興奮するのも分かりますが・・・いえ、固定概念は良くありませんね」



また一人で納得して何やらぶつぶつと呟いている。
分かってくれればいい、
まだ何か一人で話している古泉は放っておいて、
さっさと全てを洗い流して湯船に浸かった。
確かに古泉の言うとおりだ、
ここで朝比奈さんの残り香を感じて興奮するのが一般的だろう。
それも、なくはない。
だが視覚に直接飛び込んでくる刺激は別格だ。
ちらりと横に目をやると古泉がやっと髪を洗い流し終えるところで、
濡れた髪や露わになった額が目についてすぐに視線を戻した。


これは想像以上だ。
非常にまずい。
助けてください、朝比奈さん!長門!この際ハルヒでもいい!




「温度はいかがですか?」



ひたひたと歩く音、近付いてくる古泉の声。



「ちょっ・・・うど、いいんじゃないか」
「みたいですね」



水面が揺れる。古泉の方向から波が押し寄せる。
同じ、風呂に、俺と、古泉が・・・二人で。


いない、いない、古泉はいないものと思え、
そうさこの館の中からどう脱出すればいいか考えるんだ、
今はそれが最優先事項じゃないか。
集中しろ、せっかく体も頭も温まっているんだ、
血行がよくなりゃいい考えも思いつくさ、
ちょっと待てよ先ほどから血行が良すぎないか?
どこか一点に集中しているような気がしないか?



「うぉぉ・・・」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃねぇ・・・」
「おやおや」



おやおや、じゃねえよ!
シャレにならない、もう、上がる!



「出る!」
「えっ?あの、もう少しお待ちいただけませんか、僕はつい今入ったところで」
「俺は限界だ!」
「離れたらきけ、ん・・・」







タオルで隠しながら湯船を勢い良く出た俺を、
古泉は焦って引き止めようとして、
あろうことか、

タオルを引っ張った。




違うところに意識を集中させていた俺はその突然の攻撃を避けられず、



「!!!!」
「あ・・・すみ、ませ」




思い切り、
見られた。


古泉のせいで限界間近な、
下半身を。










食堂に戻ってから、ハルヒが娯楽室で遊びたいと言ってきたが、
とてもじゃないがそんな気分にはなれなかった。
もっともらしい理由で断り部屋に戻ってからも、しばらく放心状態で、
だから朝比奈さんが隣にいつの間にか現れたことも気付かなかったし、
逆に偽物だということには割かしすぐに気付いた。


しきりに、朝比奈さんに助けていただきたい、
過去に戻り俺を止めてくれと願っていたから現れたんだろう。
偽物出現というこれまた現実世界ではめったにお目にかかれない
事態に驚いていると、



「僕の部屋にもあなたが現れました」




古泉がやや歪んだにやけ顔で言ってきた。
俺の偽物?
しかも、やりそうにもないことををしたって?
あのアクシデントの後で。
まさか。
それは相当まずい内容なんじゃ、ないのか。




言おうとしないうえに回りくどい説明ばかりする古泉に苛々して殴りかけ、
これじゃドメスティックバイオレンスだと思い直し留まり、
なんだかんだの後に俺たちは館を抜け出すことができた。
鶴屋さんや妹の顔を見て一安心したが安心しきれない、
あれを聞くまでは。





鶴屋邸で一息つき、
古泉に声をかけようと思いながらもどうにも勇気が出ず、
俺は一人外に出て一面の雪景色と、
そこに落っこちてきそうなくらい満点の星空を眺めた。


独り言を2、3呟いていると、
ざくざくと雪を踏みしめる音が聞こえてくる。
いなくなった俺をハルヒが探しに来たのかと振り返れば、
部屋着に紫のマフラーだけを巻いた古泉がいた。



「古泉」
「寒くないですか?風邪を引かないでくださいね」
「・・・平気だ。お前こそ」
「僕はこれがありますから」



長く背中に垂れたマフラーの裾を持って、ひらひらと見せてくる。
なんだよその行動は。
俺をおちょくってんのか?
嬉しくてどうにかなっちまう。
俺のことなんかそろそろ突き放してくれりゃいいのに、
まだ気を持たせるのか。
現状維持って、大変だな。
お前が本当はどうしたいのか知らないけど、
俺は機関とやらに感謝しないといけないのかもしれない。




「あのさ、聞いてもいいか」
「何でしょう」
「俺の偽物はお前に何をしたんだ」
「聞きたいですか?」
「それはそうだろ」



怖いけど聞かないわけにはいかない。
俺のところに来た朝比奈さんだって、
見た目は可愛らしい朝比奈さんそのものだったが、
あの行動は普段なら絶対に考えられない。



「気付かないうちに僕の隣にいたんですよ。ベッドに座っていたら。
 ふと気付いて声をかける前に、ベッドに押し付けられました」



淡々と笑顔で語る古泉に、俺の口は開きっぱなしだ。



「やめてください、と言ってみたんですが、もう我慢できないとのことで、
 無理やり服を脱がされそうになりまして」
「待て待て、それ以上言わないでくれ!」



俺の悲痛な叫びは届くことなく、古泉はそのまま続けた。



「思い直してくれるかなとしばらく様子を見ていたんですが、
 残念なことにそのそぶりがなかったので」
「頼むからもう言うな・・・」
「急所を蹴らせていただきました。そうしたら飛びはねて
 逃げていきましたので、一応追いかけてみたというわけです」



・・・偽俺・・・


腹が立つが、かわいそうな奴だぜ。



「すまん・・・」
「あなたが謝る必要はありませんよ」
「そうでもないだろ。その、なんだ、色々あったし、
 お前の深層心理の中にだな、そういった俺がいても・・・」



仕方がないだろう。



「お前が嫌なら言ってくれ。俺と話したり、俺に気を使うのがさ。
 機関からの命令だっていったってお前も人間だろ、
 嫌なものは嫌じゃないか。俺はお前とこうしていられるのが
 嬉しいけど、お前が本当は嫌なんだったら、やめる」



一年の最後だ。
正確に言えば最後は明日だが、
明日はお前の推理ショーで忙しくなるだろうし、
二人きりで話す時間が取れるかも分からないから、今言っておく。
はっきりさせて、新年を迎えようじゃないか。


と言いつつも、
と思いつつも、
俺は怖くて古泉の顔が見れない。
足元にしんしんと降り積もる雪の様子を、じっと見つめる。






「嫌じゃありません」


寒いのに目の周りだけ熱くなってきたのを感じたときに、
古泉の声がさっきよりも近くから聞こえてきた。



「機関からの命令もそこまで細かくは言ってきてませんし、
 僕はあなたと話すのも傍にいるのも楽しいと思っています」
「・・・偽者にあんなことをされてもかよ」
「偽者は偽者ですから。あなたはそんな人ではないでしょう」


買いかぶりすぎだ、
勿論いきなり襲い掛かる気はさらさらないが、
俺だっていつか、そう思っている。
お前に下心がないわけじゃないんだよ、そういう、好き、なんだから。
というか、見たじゃないか、お前。
あれは本物の俺だぞ?
お前と風呂に入るだけであれだぞ。分かるだろ。分かれよ。






「あなたのお気持ちに対して答えを出していないのは心苦しいのですが、
 もう少しこんな時間を過ごさせてください。お願いします」



俺の巡りめぐる葛藤はよそに、
古泉は丁寧に腰を曲げてお辞儀をしてそんなことを願い出た。





思わず、笑ってしまう。


こいつは馬鹿だ。
今までこんな経験を本当にしてこなかったんだろう、
だから俺を嫌だと思うことも拒否することも分からないんだ。


だから俺はこいつが好きになったんだな、
わけが分からなくて、
どう口説いたらいいのか、
何をしてやれば本当に喜んで、
何をすれば嫌がるのかも全然分からないこいつが。
ある意味で、俺なんかよりもずっとずっと純粋な古泉が。


本当は嫌だなんて言ってほしくない、
俺が何をしたって何を言ったって笑っていてほしい。



「答えなんかいつでもいい」
「そうですか、それは安心しました」
「俺も、これからもお前と一緒にいたい」
「ありがとうございます」


礼を言うのはこっちの方だ。
あと、今のは、口説いていたつもりなんだが、
その笑顔は・・・分かってないな。
まあ、いいよ。
お前はそれでいいよ。



「もう戻ろうぜ、寒くなってきた」
「ええ、そうしましょう」
「明日、頑張れよ」
「あなたと話して気を紛らわそうと思っていたのに、
 思い出させないでください」



胸に手をあてて、ふうと息を吐き、緊張を示す。
俺はそんな様子を見て、
謝るよりもかわいいなという感情が勝る。
それ以上励ますことなく自室に戻り、ベッドにもぐりこんだ。






翌日の古泉の推理ショーはご存知の通りであり、
少なくともハルヒの機嫌を損ねる結果にはならなかった。
それでも不安を覚えたのか俺に出来を聞いてきてくれたのが嬉しかった。
思ったとおり古泉と二人きりになる時間はなく、
ばたばたとしているうちにあっという間に時間は過ぎ、
ハルヒの号令によって全員で円を組み、
新年のお決まりの挨拶を述べた。



そんなわけで、泣きそうになったのさ。
古泉と今年も、なんだかうまくやれそうな予感がしてな。






今年もよろしく頼むよ、古泉。




thank you !
始まりをクリスマスにしてしまったので避けられなかった雪山症候群ネタ・・
下ネタばっかりですみません。恥ずかしい!
どうしても大晦日に間に合わせたかったけど本当は30日の話だね・・・

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