HB
冬の合宿も無事とはいえないながらも何とか終了し、 夏休みに比べると悲しくなるほど短い冬休みは寝て過ごすか、とのんびり構えていた。 ハルヒは上機嫌で「じゃあまた学校でねっ!」と言っていたので集合はかからないはずだし、 古泉にはそりゃもちろん会いたいがあまりしつこいのもな。 合宿でも十分話が出来たし、写真も撮れたし、これ以上求めるのは贅沢ってものだ。
と、自分に言い聞かせていたのに自然に動いてしまう指の悲しいことよ。 気付けば古泉宛のメールを打っている。 内容は他愛ないことさ、 何してんだ、暇なら遊ぼうぜ、とね。 閉鎖空間が発生しない、 学校にも行かないとなるとあいつは何をしているんだろう、 ボードゲームは一人でやってもつまらないだろうし。 部屋の掃除とか、もしかしたら勉強なんかしちまってたりしてな。 優等生、だから、あいつは。 勢いに任せて送信して、 朝比奈さんに借りっぱなしのデジカメの電源を入れる。 古泉と二人で写っている写真、現像しないとな。 古泉が写ってるのは全部、そうしよう。 うわ、なんだこの笑顔は。可愛すぎるだろ。 ベストショットです、朝比奈さん。 しかし朝比奈さんがカメラを向けたからこの笑顔だったのかと考えるとそれは複雑だな。 映画撮影のときもハルヒの命令とあらばマジでキスしそうだったし、 あの時はまだはっきりと古泉への気持ちに気付いていたわけではないが非常に腹が立ったものだ。 でも、あいつも普通の、ああいや、超能力者な男子高校生なんだよな。 朝比奈さんのような麗しい女性に好感を持つのも当然だ。 朝比奈さんがうらやまし・・・くはない、 俺は自分が女になって古泉と付き合いたいとは思わない。 どちらかといえば逆だが、古泉みたいな女子というのも、若干うざったい気もする。 結局何なんだと巡らせているうちに、携帯が鳴った。 余裕ぶっていたつもりだが飛び付いて画面を見る、 送信者は間違いなく古泉、だ。 『風邪を引いてしまいました』 古泉にしては珍しく、たった一行だけのメール。句読点すらない。 寒かったもんな、雪山。 風呂、お前があったまる前に急かして出たし、 外で話し込んだりしちまったし、 古泉が風邪、なんて、 「キョンくん、どこ行くの〜?」 「古泉んち!でもお前はついてきたら駄目だ!」 「ひどーい!なんでそんな意地悪言うのっ!」 泣き出しそうな妹と、 あと少しで烈火のごとく怒り狂って・・・とまではいかないにしても、 不機嫌になったオフクロがやってくるに違いない、 その気配とに背中で別れを告げて、家を飛び出した。 「風邪の時は・・・ネギだよな、まず・・・」 古泉の家に行く途中のスーパーで、まずは買い物だ。 ネギを巻けば直ると何かで見た。 古泉がマフラーじゃなくそんなもんを巻いてるのを想像する、 いや意外とかわいいんじゃないか?そのギャップが。 かわいいに違いない。 しかしネギ、堅いぞ。どうやって首に巻くんだ、こいつを。 「力技」 コツがあるのかと思い長門に電話をしてみたが、ないようだ。 オーケー、やってみようじゃないか。 「風邪ならお粥がおすすめ」 というアドバイスに従い、レンジで出来るお粥も購入した。 あとは定番のみかんくらいでいいか。 早く、行ってやらないと。 チャイムを鳴らして5回無視され、 電話で今ドアの前にいると伝えてやっと古泉が姿を現した。 「すみません、新聞の勧誘かと」 謝ってきた古泉は顔がいつもより赤く、 足元もなにやら危なっかしい。 「大丈夫か?病院には行ったのかよ」 「少し様子を見ようかと、思いまして」 俺から見りゃ、さっさと病院に行って注射の一本でも打ってもらった方がよさそうだぜ。 「とりあえず横になっとけ。お粥持ってきたけど、食える?」 「助かります・・・」 どうやら今まで無理をしていたらしく、 それだけ言うとふらりとベッドに倒れ込んだ。 こんな古泉は見たことがない、 いつもきちっとして優雅な佇まいだから、 けどいいな、こんな古泉も。 赤くなった頬も、夢に出てくるこいつみたいで、かわいい。 なんてことを考えてる場合じゃないか。 適当に食器棚から皿を取ってレトルトパックから中身を取り出す。 見た目が寂しいな、これ。足りるだろうか。 もっとしっかりしたものを食べさせたかった。 時間がかかっても、オフクロに頼んで何か作ってもらえばよかったかもしれない。 今更仕方がない、ラップをかけて電子レンジに入れて、数分、待つ。 古泉の様子を見ると、枕を抱え込むようにして目を閉じている。 呼吸がやや早まっていて、近寄って額に手を当てると思っていた以上に熱い。 慌ててタオルを濡らして額に当ててやった。 「ふふ・・・これ、食器用の布巾ですよ」 「げっ・・・、悪い!」 「いえ、ありがとうございます」 レンジの音が聞こえて、また慌てて取りに行って、 皿の熱さに驚いて落としかけ、 ギリギリセーフのラインでキャッチ、 スプーンと一緒に持っていく。 古泉はベッドに寄りかかりながらも起きあがって俺を待っていた。 テーブルに皿を置いて、少し躊躇ったのち、 スプーンでそれをすくって冷ましてから古泉の口元にもっていく。 妹にはよくやってやったことだが、さすがに怒る、かな、 「いただきます」 ・・・弱っているのをいいことにごめんな、古泉。 俺、すごい幸せだったりする、今。 「ごめんな、こんなのしか用意できなくて」 別のことを謝ってみると、小さく首を振った。 「じゅうぶんありがたいですよ。すみません、わざわざ」 ぱくぱくと俺が差し出せば食べるから食欲はあるらしい、よかった。 みかんもあるからな、あと、ネギも。 残り数口というところで、 冷ますためにスプーンを見ていた俺の視界の隅で古泉の頭が揺れた。 視線をそちらにずらしたとき、 「古泉っ」 俺の方に倒れてきた古泉の体をすぐに支えて呼びかける、 「すみません・・・体、だるくて」 「横になるか」 「少し、肩、貸してください」 肩? 俺の? こくりと頷けば古泉は薄く微笑んで、頭を気だるそうに肩に乗せてきた。 なんだ、これ。 このシチュエーションは、なんだ。 横になったほうが楽なんじゃないかと思ったが、 すぐに穏やかな呼吸が聞こえてくる。 眠ってしまったらしい。 熱い頬があたる肩、重くはない、が、 鼓動の早さが、やばいんだが。 至近距離だぞ! 数センチのところに、古泉の顔があるんだ! お粥の匂いなのかなんなのかやけにいい匂いがするし、 古泉の右手は俺の太ももなんかにそっと置いてあるし、 こいつが意識していないとは分かってる、 だけど俺が意識しないわけにはいかない。 ドキドキする、 あらゆることが俺を刺激する、 何より古泉が少しでも俺を頼ってくれていること、 それが嬉しくて、たまらない。 俺を幸せ死させる気か、古泉。 「・・・・・・」 見たら我慢ができなくなるのに見てしまう。 隣にいる、古泉を。 こんな状況を何分も何十分も続けていられるほど、 俺の精神は強固じゃない。 なぜか震える左手で、髪をといた。 露わになった額も、そっと撫でてみる。 「古泉」 小さく呼びかけたが、反応はない。 ずっと、触れたかった。 ごめんな、古泉。 数センチの距離を縮めて、 額に、 ただ触れるだけの、 キスを。 してしまった。 しちまった。 意識がないのをいいことに、 俺は、なんてことを! まだ付き合ってもいないというのに、 なんてことを。 だがしかし我慢できなかったんだ分かってくれ、 誰に分かってほしいんだ古泉にか? んなこと、言えるか。 これは俺の心の中でだけ覚えておこう、 そしていつか、 古泉が俺を好きになってくれたときに謝ろう。 どうしたらいいんだ古泉、 俺ばっかり、どんどん好きになってる。 何周離れてると思ってんだ。 頼むから、 早く追いかけてくれ。前回が下ネタすぎたのでピュアーに転向しました。