決意(上)



ハルヒ、朝比奈さん、長門が部室を出て行って、
せっかく二人きりになったというのに、古泉はこちらを見ようともしない。


先ほどまで燦然と輝いていた笑顔はどこにいったんだ?
俺に対して演技をしないってのはいいことだけどな、
不機嫌そうにされるのはあまり好きじゃない。




「まだ怒ってんのかよ」
「怒ってません」
「じゃあこっち向け」
「気分が乗らないので遠慮しておきます」




思いっきり、怒ってるじゃないか。…俺のせいだけど。




俺の所有しているSOS団のパソコンには色々なファイルがある。
ハルヒに命じられて書く羽目になった小説やら、
SOS団員募集ポスターの原案やら、旅行をした際の画像などだ。
そして、自宅のパソコンには入れられないお宝フォルダもいくつか作成している。


そのうちの一つ、朝比奈さんフォルダを見られたわけだ。古泉に。
古泉フォルダも勿論あるが、写真の枚数でいうと圧倒的に朝比奈さんの方が多い。
高校を卒業された朝比奈さんはまだ未来に帰ることなく、現代にいてくれている。
SOS団で出かけると撮影係になる俺は、
どうしても被写体として撮りやすい朝比奈さんを中心に撮りがちだ。
ハルヒも「お宝ショットを撮りなさいっ!」と指示してくるので仕方がない。
今でも朝比奈さんにはたまに声をかけていただき、
過去に行ったり過去に行ったり、あと、過去に行ったり…と、
デートの誘いかと思って弾んだ心を毎回粉々にしてくださる。
いやいや、朝比奈さんのお役に立てるのであれば何度でもタイムスリップをしましょう。
…などといつも言っているのもまずかったらしい。



明らかにギリギリのショット満載で展開しているそのフォルダと日頃の俺の言動、
更に言うのであれば先ほどまでハルヒにマウントポジションを取られたまま
会話をしていたこともまずかったようだ。
何の話をしていたのか忘れちまったが、
古泉が部室に入ってきた瞬間に顔を青ざめたのを見て、
しまった、とは思った。
部室に二人きりで、見ようによっては、
非常に不健全な行為が行われているように見えるからな。


更に追加がありこれも詳細は省かせていただくが長門の家に
二日連続で宿泊したこともバレた。
古泉に余計な心配をさせたくなくて、秘密にしていた。
やましいことなんかなかったんだ、本当に。
ただ、ちゃんと、言っておけばよかった。
ハルヒが隣のコンピ研に行った時に長門が代わりに部室に入ってきて、


「昨日、あなたが忘れていった」


鞄から靴下と歯磨きセットを取り出し手渡してきた。
古泉は笑顔でどういう意味なのかを長門に聞き出し、
長門も律儀に答えるものだから、
俺はハルヒが戻ってくる頃には冷や汗で溶けてなくなりそうになっていた。


古泉は笑顔で「そのようなご関係だったとは、意外でした」などと茶化してきて、
普段のこいつなら本当に茶化すだけだが、
あらゆるまずい出来事が重なり、
このような不機嫌な古泉が出来上がったわけである。





…どう考えても、俺が悪いか。



「俺は朝比奈さんの写真でどうこうするってわけじゃないぞ、
 ただの目の保養だ。だってお前、写真嫌がるだろ。いつも」
「あなたが変な写真ばかり撮りたがるからです」



それはそうだな。普段からこいつをかわいいとは思うが
写真を撮らなくても見たいときにはいつでも見れるわけだし、
保存したいと思うくらい衝撃的にかわいいときは…
俺の下で泣いているときだったりするので、撮ろうとすると強く拒否される。

一度、古泉が機関のメンバーで旅行するとかで一週間会えないと言われたとき、
夜のお供にと無断で最中に写真を撮らせてもらったところ、
消されたうえに一ヶ月ほど口をきいてくれなくなったからな。
それからは許可を取るようにしているが、残念なことに申請が通ったことは一度もない。



「ハルヒのぶっ飛んだ行動は前からだろ、あれは何でもないし」
「あの体勢のまま会話が出来るあなたを尊敬します」


お前に尊敬されることなんて今まであったか?
でも、尊敬してないよな、軽蔑の意味だよな、それは。
本当に何でもないんだ、お前以外の奴が乗っかってきたって何も感じない。
男としてどうなのかという疑問は残るが。
お前以外を意識したりしないって、いつも言ってるのに、信じてくれない。



「長門と一晩一緒にいたって、お前と一時間いるほうがよっぽど喋ってるぞ、俺は」
「話もしないで何かされていたんですか?」
「あのな……」




古泉がここまで攻撃的に言ってくるのは初めてだ。
今まで我慢していたのかもしれない。
三年間一緒にいて、ある程度は俺に心の内を見せるようになったこいつだが、
元々の性格なんだろうな。俺に優しいのは。


そんな古泉がこうなるってことは相当溜まっていたということだな、反省すべきだ。






「悪かった。今度からはちゃんと言うから」
「いいんです。別に、いいんです」



俺に背を向けたまま声だけはいつものトーンで話し続ける。
気付かれないようにそっと椅子から立ち上がって忍び足で近づいて、
後ろから頭をぽんぽんと軽く叩いてやると、驚いてこちらを振り向いた。





…その顔は、今にも泣き出しそうだった。


「い、いつの間にっ」
「何泣きそうになってんだ」
「なってないです!」


なんだよ、泣きたくなるほど俺のことが信用ならんのか。
三年間色々あったけど、俺が浮気したことなんてなかっただろ?


危ういことは何度かあった、それでもだ。



「そんな不安になるなよ。俺はお前だけだって」
「………でも、僕は…」
「何だ」
「僕は、男だから、……あなたがいつか、女性を選ぶんじゃないかと思っています」






おいおいおい。どうしてそんな話になるんだ。


確かにお前とこんなことになる前は男と付き合うなんて考えもしなかった。
かといって女子と付き合う想像もあまりしたことがなかったな。
理想のタイプはどんなだ、と谷口に聞かれても、
好きになった奴がタイプなんじゃないかとありきたりの答えばかり言っていた。
しいていうなれば顔はいいに越したことはない、というくらいだ。



ところがあれは夏の暑さからようやく抜け出せた頃だったか、
木々が色づいてきた坂道を少しだけ肌寒さを感じながら隣に並んで帰ったあの日、
お前は突然その道すがら俺に告白をしてきたんだったな。



言った直後に忘れてください忘れてくださいと、
何度も念仏のように唱えられて、逆に忘れられなくなった。
いつも見せてくる爽やかな笑顔からはかけ離れた、
頬を真っ赤にして泣きそうになってどうしようもないほど情けない顔。


たぶんこの機会を逃すと、
こいつが俺にこんな顔を見せて心の内をさらけ出すことなんてないんじゃないか、
とふと思ったとき、今にも走って逃げ出しそうな古泉の腕を自然と掴んでいた。





俺もお前が嫌いじゃない。
どちらかというと好きだ、と伝えると、
全身の力が抜けたようでその場に座り込んじまった。
普段の取り繕った状態がどうしてそのタイミングでだけ消えたのかはよく分からない。
古泉の中で様々な感情が巡っていて、その日その時その瞬間だけ、
偶然一致してそうなったんだろう。


俺はそれを逃したくなかった。
古泉に恋愛感情なんか抱けるとは夢にも思わなかったが、
実際に付き合ってみると、古泉の傍にいてみると、
想像していたよりもずっと幸福な感情で満たされてきて驚いたものだ。


だから分かった。
俺は結構、こいつが好きらしいと。
そして時が経てば経つほどその気持ちは強くなった。





いくら付き合うとはいっても男同士でキスなんて無理だと思っていたのに
部室で二人きりになったときにじっと見つめていたら、口付けたくなった。
理由とかそんなものはなくて、本能だ。
俺の本能が古泉を求めていた。
経験なんてハルヒとの衝突事故しかない、
それでも必死に古泉をリードして、何度も何度もキスをして、
初めて古泉の家に呼ばれたときに、それ以上のコトだってやっちまった。




最初は悲惨な結果に終わったものの、
めげずに繰り返すたびに俺も古泉も、その行為が好きになった。
気持ちがいいだけじゃなくて、体だけじゃなくて、全部が繋がって、
この世界に古泉だけがいればいいと思えるくらいに感情が溢れ出てくるからだ。






三年生になった今でもそれは続いていて、
これからのことを真剣に考え出したそんな矢先に、先ほどの一言だ。




「女子を選ぶんだったらとっくに選んでたぜ。
 高校生活なんて青春真っ盛りなんだからな」
「でも、分かりません。大学だって、共学ですし」


男子だけの大学なんて、ないじゃないか。
あったとしてもそういうのは理系だと決まっている。
俺の理数系科目の燦燦たる結果を、お前が知らないわけじゃないだろう。





「そんなに不安なのかよ、俺を信じられないってのか」
「そういうわけではないですが、…それが普通ですから」
「あー……あのな、俺はずっとお前と一緒にいたいと思ってるんだぞ。お前は違うんだな」
「ち、違います! 僕も、一緒にいたいです、でも…」





仕方ない。
お前がそんなに不安に思うなら、俺が何とかするしかない。


ここでお前に不安だから別れるなんて言われたら窓から飛び降りるぞ。
不安を取り除く、そうだな、何とかしよう、
かといってハルヒ達と今後一切話をしないとかそんなのは無理だ。







それなら…方法は一つしかないじゃないか。






thank you !


冬コミで無料配布した内容そのままです〜
一つにすると長かったので続きます(´∀`)

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