古泉の看病をしたあの日以来、
俺に対する態度が柔らかくなった気がする。
話をするときに笑顔の割合が増えたようにも思えるし、
土曜日に出かけるときはたまに古泉から、どこへ行きたい、
と言ってくれる。



それが嬉しくて俺の精神状態は大変良いのだが、
ハルヒはそうではないらしい。
機嫌が悪いわけではないが、
どことなく情緒不安定に見える。
俺と話していても何かをぼーっと考えたり、
難しい顔でノートをにらんでいることもある。



古泉のバイトが発生していないところを見ると、
そこまで気にしなくていいのかとも思うが、
どこかで爆発されたら大変だ。
2月に入ってからその兆候はなおさら顕著になっていて、
ハルヒというより古泉が心配になってくる。






そして。



2月に入った頃から、
これは断じて気のせいではないと言い切ってしまえるのだが、







・・・古泉から熱い視線を送られている。




stairway step6





勿論最初は気のせいだと思ったし、
抑えきれなくなってきた思いがついに現実世界にまで影響を及ぼし、
俺に幻覚を見せているのだと言い聞かせた。
それでも、
何度確かめても、
自分で頬を叩いても水で頭を冷やしてみても、
間違いじゃない。


ハルヒが話をしているときに、
普段ならハルヒばかり見て「その通りかと」と爽やかな笑顔で
頷いていたくせに、最近は俺を見てくる。確実に、見てる。
今日も。
いつもみたいにオセロを囲んで、
俺がどこに置こうか考えている間、
(実際はあと俺があそこに置けばゲーム終了だが、
この時間をあっさり終わらせたくなくて考えているふりだ)
古泉は真剣な顔で俺をまっすぐに見ている。
ちょっと、
ちょっと見すぎじゃないか。
さすがにお前にそんなに見られたら、
俺だって冷静じゃいられない。




「・・・・・・俺の顔に何かついてるか?」
「いえ、どうぞお気になさらず」
「いやいや、お前に見られてたら気になるだろ」



部室で二人きり、
夕日が差し込む部室で二人きり、
おあつらえむきってヤツじゃないかこれ。
古泉の告白イベントか?
そうなのか?
しかしそんなフラグ立てをした覚えは・・・
いや、フラグなら何度も立てようとしてきた。
あまりにも重たくて失敗続きだったはずだが、
思わぬところで成功していたのか??


いたたまれなくなって駒を置くと、
古泉が敗北宣言をする。
お前がそうなら俺だって見てやる、と
目を合わせてみたんだが、
古泉は特に逸らそうともせずにじっと俺を見てきて、
頭に顔に熱が集まってくる。


すみません、俺の負けです。





「古泉、好きだ・・・・」
「ええ、知ってます」
「うん・・・」




何度となく繰り返したこの会話。
好きです、知ってます。
それ以外の答えなんて返ってこない。
今日もそうだ。
なのになんでお前、
俺のこと、そんな、見てくるんだよ。


聞こうと思ったけど、口がぱくぱくと動くだけで聞けない。
古泉が俺を見つめている、
それが俺の心臓をものすごい速さで動かしてくるため、
とてもじゃないがうまく喋れる自信がない。



視線から逃げようと、
棚から長門の愛読書などを持ち出し、
真剣に目を通した。
全く意味は分からない興味もない、
それでも今はわけのわからないことから、
わけのわからないものへ逃げたかった。




気まぐれだったらやめてくれ、
俺は本気でお前のことが好きなんだ、
こんなことをされて冷静でいられるほど大人じゃない。
だけど欲望に負けて無理やりどうこうするほど子どもでもない。



「なるほど」


と、よく分からない納得をして、古泉は一人、帰って行った。
何がなるほどだ。
お前が部室を出た後に、
頭をかきむしって悶える俺の気も少しは考えろ。







そしてそんな日々が、
1週間も続いた。


当初はいつ古泉から気持ちを打ち明けられるのかと
身構えていたが、どうやらそんなことではなさそうだ。
好きだと何度言っても、古泉は笑顔で流す。


だんだん、
いやな予感が胸をよぎる。
古泉は俺に何を言おうとしているんだろう。
俺に何か言いたいことがあるのは間違いない。



まさか、
まさか。





「では、僕はお先に」



「古泉!」



部室を去ろうとする古泉の後を追いかけて呼び止めた。
隣に並んで坂道を下る。
冬の冷たい風にさらされても古泉は相変わらずかわいくて、
吐く息が白いのが、やけに似合う。
ベージュのコートのポケットに手を入れて歩いて、
そのポケットに自分の手も突っ込みたい気持ちを抑えつつ、
俺は切り出した。




「お前、何か俺に隠し事してないか?」



ストレートな質問をぶつけてみたが、古泉はにこにこと笑ったまま。




「何のことでしょう」
「ずっと何か考えながら俺のこと見てたじゃないか」
「そうでしたっけ」



そうです、
そのせいで俺は寿命が10年は縮んだだろう、
10年も古泉といられる時間が減ったとは、とんでもないことだ。



「とぼけるなよ。まさか、」



肯定するなよ、しないでくれ、



「転校するとか言うんじゃないだろうな」
「はい?」



謎の転校生。
突然俺の前に現れた。
もしハルヒがまだそんな役割を望んでいたら、
突然去ることだって・・・・・・





やばい、
古泉がいなくなるなんて思ったら、
思うだけでも泣きそうだ。



「転校なんてしません」



呆れたような声で古泉がきっぱりと言う。



「そうか・・・どこかにいなくなったりもしない、んだよな」
「ええ。涼宮さんがいる限りは。彼女が望んでいる限りは、
 が正しいでしょうか」
「じゃあ大丈夫だ。あいつはお前のこと、頼ってるし」



・・・よかった。
最悪の想像は、想像のままで終わった。

大きく息を吐くと、古泉が横で苦笑する。



「なんで俺を見てたんだよ、ここんとこずっと」


ほっとしたのでそのまま、聞いてみる。



「さあ・・・特に意識していたわけではないので、気のせいかと」
「なんだよ。変な期待をするところだったじゃないか」


実際にはしっかりはっきり期待していたわけだが。



「変な期待、とは?」
「お前が俺を好きになったか、って期待だよ」
「ああ、なるほど。それはありません」
「はっきり言いすぎだっ!」




くそ。
やはり何のフラグも立っていなかったか!









2月14日。
俺はどうしてこの日を忘れていたんだろう。
古泉のこともあったし、
朝比奈さんを誘拐されたりなんだりと、
忙しかったのだ。忘れていたのも無理はない。
ハルヒの様子がおかしかった理由がやっと分かった。


穴を掘って出てきたチョコレート、
手作りとはまた、やってくれるじゃないか。
素直に礼を言えばハルヒは素直には受け止めず、
どうやら照れているらしい。
照れてまともに話すらしてくれなくなり、
まあかわいいものだが、
無理して声をかけることもないだろうから、
朝比奈さんと並んで帰宅した。





もらったチョコレートを冷蔵庫にしまいこんで、
俺はまた家を出る。
今度は、朝比奈さん(大)に会うために。


暗い無人の公園に、彼女はいた。
ここ数日、朝比奈さんと俺に降りかかった出来事について詳しく話を聞いて、
分かったような、分からなかったような気分になる。
また増えたチョコレート。
チョコをもらった数が、
俺の今までの人生で最高記録を更新した。


鶴屋さんにも心ばかりの礼をと携帯電話を取り出して、
電源を切っていたことに気付いた。
電池が切れそうだったから、
救済措置を取ったんだった。
すぐにその場で電話をかけて用件のみを伝えて切る。
もう一度電源を落として、
家に帰ってから充電を開始した。






風呂から上がればもう妹は寝ている時間だ。
チョコレートを一口かじって部屋に戻り、
そろそろ寝ようかと思って、携帯を手に取る。
アラームを設定、と。
これじゃ最近起きれなくなってきた。
毎日のように遅刻気味でハルヒに怒られている。

そういや電源を切ってた間、
メールが来てたかも知れないな。
一応、チェックをしておくか。
朝比奈さんから、実は本命でした、
なんてかわいらしいメールが・・・




「!!!!!!!」



こ、こいずみっ・・・・・

から、メールが、来てる。
あいつから送ってきたことなんて一度もなかった!



『今どちらにいますか? 特に急ぎではありませんが
 用があるので時間が空いたときに連絡をください』



送られてきたのは20時過ぎ。
朝比奈さんに会っていた時だ。



なななななな、なんということだ!!!!





「古泉!!!!!!」
『大声を出さないでください。聞こえてます』



即座に電話をかけた。
もう、24時を回っている。




「悪い!本当に、ごめん、今からでも会えないか」
『会えませんよ。何時だと思ってるんですか。終電もありません』
「あ・・・らかわさん、とか」
『新川さんは24時間営業じゃありません。勝手に使わないでください』
「そうだよな・・・すまん・・・」



古泉から俺に用事がある、なんて、奇跡に近い。
ハルヒ関連じゃないのは、
話している態度で明らかだった。
俺に個人的に用があったんだ。
だって、だってな、
なんだか、古泉が拗ねてるような、
俺の勘違いじゃなきゃ、そうなんだ。




「何だったんだ?用事って」
『もう済んだことです。僕、寝ますから、切りますよ』


拗ねてるというより、
結構本気で苛々しているようだ。


「こ、古泉・・・本当に反省してる。なあ、好きだよ」
『切ります!』
「こいず」




がちゃん、と電話が切れる音、
その直後に機械音。
うむ・・・。


何の用事だったかは分からない、
だけど、
バレンタインの夜に呼び出しというのは、
もしかするともしかするんだろうか?




しかし俺がメールをすぐに返さなかったことにより、
このイベント自体が消滅する可能性も否めない。



5通ほど古泉に告白メールを送って、
寝る直前まで何度もメールチェックをしたが返事はなく、
意気消沈したまま、眠りについた。






翌朝、早く起きて古泉を待ち伏せたもののほぼ無視され、
放課後まで話せる機会もなかった。
放課後は放課後で朝比奈さんを過去に送るという使命があり、
結局夕方になってやっと部室に全員が集合して、
古泉とも再会出来た。


ホワイトデーは盛大に祝えという団長命令を受けて肩を
すくめると、全く同じタイミングで古泉もそうする。
そこにささやかな幸せを感じていると、
二人で作戦会議をしろと言い放ってハルヒは帰っていった。





二人きりになると、緊張する。
古泉に嫌われてやいないかと、どきどきする。
好きだ好きだといいすぎただろうか、
そんなメールを送りすぎただろうか。
古泉に何を言えばいいだろう。
どんなことから話せば話してくれるだろう。
下手なことを言えば、
古泉の機嫌を損ねてすぐに帰られてしまいそうだ。




俺が一人、かつてないほど真剣に考えていると、
古泉は立ち上がって鞄を手にした。
もう帰るのかと俺も立ち上がると、
鞄の中から一つの紙袋を手に取った。


なんだ、あれ。



「おい古泉、何だよそれ」
「え?何って、これはバレンタインに、」



バレンタインは、昨日だよな。
なんでプレゼントを、今日持ってるんだよ。
ああ、昨日は学校が休みだったから、
今日もらっててもおかしくないよな。
だけど、
今それを見せるってのは、どういうことだ?



「誰から貰ったんだ」
「はい?」
「そんな大事そうに抱えて・・・本命か?本命なのか?
 同じクラスの女子か!?」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください」



思わず声を荒げてしまう。
紙袋を持っていないほうの腕を、掴んだ。
びく、と震える古泉の目をまっすぐに見つめる。



「それを俺に言いたかったのかよ」




そうなのか。
本当はそれを昨日の夜にもらって、
その子が本命だったから、
俺には断りを入れようと思ったのか。






嫌だ、そんなの、嫌だ。




「まだ付き合ってはないよな?
 頼む、俺、もっと頑張るからもう少し時間をくれ」




勝手に決め付けて、懇願した。
古泉が他のヤツとなんて、
絶対にだめだ!
俺のほうが大好きに決まってる、
他の誰よりお前を幸せにする自信もある、
頑張るから、
お前のしたいことをなんでもさせるし、
行きたいところにどこへでも連れて行くし、
もう二度とメールの返事も遅くならないから、
いつだってお前が会いたいって言ってくれたら走っていく、



だから他のヤツなんて選ばないでくれ。
好きなんだ、
すごく、
好きなんだ。





「付き合ってないですよ。誰とですか一体・・・」



誰、なんて知るか。
俺以外なら誰だってだめだ!
今すぐ断ってくれ、断って、ください。





「・・・何をもらったんだ?
 って、まだ開けてもいねえし。そんなに大切な物なのか・・・」



綺麗に包装された、それを古泉は大切そうに抱えている。
頭がくらくらしてきた、
古泉にそんな相手がいたとは。








「違いますよ。大切じゃありません。
 ・・・じゃあどうぞ、あげます。捨てたら駄目ですから。
 ちゃんと使ってください」
「何!?俺が貰っていいのか・・・???」
「いいですよ別に・・・僕、必要ありませんから」



これは予想していなかった展開だ。
俺が、これを??



いいんだろうか。
いやしかし古泉の手に渡るくらいなら、俺が責任を持って預かろう。
俺に渡すということは、
そこまで大切でもなかったのか。
それとも敵に塩を送るという言葉もあるし、
お互い善戦をしろという意味でもあるのだろうか。





古泉の真意は分からない。
だけど、このプレゼントを贈った相手に、
心を決めているわけじゃなさそうだ。
よかった。


それなら俺は、頑張れる。






「古泉・・・俺、誰よりもお前を好きだって自信はあるから、
 そこのところは理解しておいてくれよ」
「はあ・・・そうですか」




目を合わせずに、
古泉はぷいと窓の方を見て、窓の方へ歩いた。
その背中は、俺から声をかけられることを拒否しているように見える。



複雑な気分で、包装をとく。
中に入っていたのは目覚まし時計だった。
古泉に、目覚まし時計?
不釣合いな気もする、
古泉が遅刻をしたなんて聞いたこともない。
どちらかというと俺に必要なアイテムだな、これは。
贈り主には悪いが、
俺の手に渡ってよかったよ、お前。



昨日もおとといも、そして今日も、
古泉の首には俺があげたマフラーが巻かれていた。
俺があげたものは、使ってくれてる。




リードしてるはずだ。俺が、たとえ一歩でも。
だからこそ昨日、古泉は俺を呼び出そうとしたんだろう。
ライバルが出現したけど、
あなたはそれでも僕を好きだといいますか?
とでも聞きたかったんだろう。



それがたとえ朝比奈さん以上の美少女だとしても、
俺は負けない。






「古泉」
「・・・何ですか」




「3秒だけ、抱きしめてもいいか」




窓の淵に手を当てたまま、古泉は振り返らずに、
少しだけ肩を震わせた。



強引かもしれない、
もちろん、嫌だといわれたらする気はない。






俺の温度を知ってほしかった。
古泉のも、知りたかった。




真後ろまで行って、立ち止まる。
髪に隠れて古泉の表情は何も見えない、
それでもなぜか、




俺は、
古泉が照れてるんじゃないかという、
希望に希望を重ねた思いがあった。





「・・・・・・・・・3秒ルールです」
「うん」





腕を伸ばして、
背中から前に回して、



ぴたり、と身体を寄せる。





古泉の体温は、





俺が思っていたよりずっと暖かい。







「3秒です」
「分かった」




きっちり3秒。
これ以上は反則だ。






「・・・先に帰るな」
「お気をつけて」








爆発してはじけ飛びそうな心臓をおさえて、
鞄を持って足早に部室を出た。
何度も階段で転びそうになる。
こんなところで転んで落ちたら死んでも死にきれない!







一人で走って帰っていく間、新しい仮説が頭に浮かぶ。



もしかすると、
本当は、
このプレゼントは・・・、
古泉がずっと俺の様子をうかがっていたのは、
俺の・・・・・・






いや。
そうだとしても、
まだまだ、俺は頑張らないと、
もっとたくさん古泉に気持ちを伝えて、
言葉だけじゃないいろんな方法で伝えて、
心を動かさなければ。



まだまだ先は長い。
逆転なんていつでもありうる。
油断は大敵だ。







だけど、
家に着くまでは、




幸せな想像に浸っていることくらい、


許される、よな。






thank you !

オンリー無料配布本のキョンバージョンでした。
意味分かりますかねコレ。。。;;;
もうちょっとしたら古泉バージョンもアップしたいと思いますっ!

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