HB
翌日、爽快な気分で早起きをした俺は、 長い坂道の下で古泉を待った。 待った、と言っても5分くらいのもので、 青空によく似合うあいつはすぐにやってきた。 「おや・・・珍しい方がいるものだ」 「おっす。学校まで一緒に行こうぜ」 「まさかとは思いますが、僕を待っていたんですか?」 「そりゃそうだ」 見るからに嫌そうに顔をしかめてくる。 俺はこんなのもうれしい。 古泉は絶対に、こんな顔をハルヒたちに見せたりしないからだ。 お前は牽制したくてそうするんだろうが、 逆効果だってことには気づいてないだろうな。 「くれた目覚まし時計のおかげで、ばっちり起きれたぜ」 「そうですか、よかったですね」 「お前からもらったものだからな。大事にする」 「別に、僕があげたわけじゃないですよ」 俺の予想をあっさり否定する古泉だが、 俺はそう思うことにしたんだ。 たとえ事実がどうであっても、自分が信じたものがそれになる。 長い長い坂道も、 古泉と一緒ならもっと長くてもいいと思う。 たとえこれが1000段を超える階段だったとしても、 今の俺には何の問題もない。 時間がかかればかかるほどいい。 その分古泉と、一緒にいられるんだから。
どんな長い坂道でも終わりは来るもので。 校舎に着くと別々の下駄箱に向かい、 今日は日直だから早く来たという国木田と合流、 古泉との甘い登校時間は終了を迎えた。 次に会えるのは昼休みだろうか、それとも放課後か。 毎日会っていても、 さっき話したばかりでも、 またすぐに会いたい。 「・・・・・・古泉・・・」 暇な授業中、 青空を眺めながら俺は昨日のことを考えた。 抱きしめた感触。 もったいなくて、風呂に入る気が失せた。 古泉に触れたこの手を、この腕を、 洗ってしまうのはもったいないじゃないか。 母親に怒られて結局入ってしまったが、 思い出すだけでもため息が出る。 ほんの一瞬のことだった。 きっかり3秒だった。 それでも十分だった。 俺が古泉を感じるには。 ・・・やっぱり、駄目だ。 思い出すだけでいろんなところが熱くなってくる。 こっそり、机の下で携帯を開く。 もちろん宛先は古泉一樹。 昼休み、 部室・・・いや、広場で。 一緒に昼飯食おうぜ、と。 部室には長門がいる予感がする。 それに、密室に呼び出したら警戒されるだろう。 そりゃ、また抱きしめられたらどんなに嬉しいか、 しかし気が焦ってはいけない。 ここからが正念場だ。 「キョン、今日の昼飯どうする?購買に新しいパンが入ったらしいぜ!」 「悪い、俺、ちょっと古泉に用があってな」 「そうなのか?じゃあ国木田、一緒に」 「ごめん谷口。僕も別のクラスの子と食べる約束してるんだ」 「なんだよ・・・一人か・・・」 谷口の背中が哀愁を帯びているが無視しよう。 谷口より古泉だ。断然、古泉だ。 新しいパンとやらと、 あと、 甘いものが好きなあいつに、 チョコレートでも買っていこう。 「わざわざ、ありがとうございます」 「礼と金はいらないぞ」 「大丈夫なんですか、今月、奢ってもらってばかりですけど」 「心配いらない。家で手伝いをしてるから」 「そうですか・・・では、お言葉に甘えて」 母親にこき使われているのは事実である。 古泉に、少しでもいいところを見せたい。 古泉が好きなものを買ってやりたい、 食べさせてやりたい、 好きな所に連れて行きたい。 そして、好きになってほしい。 そのために必要な努力ならいくらでもしてやる。 古泉が食べ終わったのを見計らって、切り出した。 「今週の土曜なんだけどな」 「どうやら雨模様のようですね」 「ああ。だからさ、その、お前んち、行ったらダメか?」 いやなら行かないから。 付け足して、パンを口に含む。 古泉は何度か瞬きをして、 数秒考えたのち、 こくり、と小さく頷いた。 「いいですよ」 「えっ!?」 「何ですか」 「いや、そんな、あっさり、いいのか!」 「いいです」 いい、みたいだ。 前にもこんな展開があった。 あれはクリスマスだ。そんなに昔の話じゃない。 けど・・・今回は、 抱きしめた翌日に頼んだのに、いいってことは・・・。 まだ週の前半だが、俄然やる気に満ちてきた。 感動に打ち震えていると、古泉が俺を呼ぶ。 「チョコレート、おいしいです」 にっこり笑って言ってくるその笑顔に、 俺は完全にノックアウトされた。 連日連夜、 俺は持て余した情熱を想像上の古泉にぶつけ、 週末を迎えた。 土曜から降る予定だった雨は金曜日に繰り上げとなり、 金曜日の本日、 外は大荒れである。 「すっごい天気ね」 「だな・・・帰れるのか、こりゃ」 「自転車じゃ無理でしょうね」 さすがのハルヒも暴風雨相手に戦いを挑む気はないらしい。 今日は気をつけて早く帰ること! と言って、とっとと帰って行った。 生徒たちの減りも早い。 俺もさっさと帰りたいところだ、が。 つい、9組のクラスに寄ってしまう。 期待を寄せてやってきたその教室の中に、 古泉はまだいてくれた。 ほかの生徒はだいぶまばらだ。 教室に入って、自分の教室とは異なる雰囲気に緊張しつつ、 古泉の席に向かう。 「よ。まだ帰ってなかったんだな」 「こんにちは。ええ、所用がありまして」 「一緒に帰らないか」 「そうですね・・・・・・、いえ、すみません」 古泉の表情が曇る。 その視線は、外へ向けられた。 「そうしてもよかったんですが、だめになりました」 「そりゃあ・・・」 「小規模ですけど。閉鎖空間が発生したようです」 「天気のせいか?」 「でしょうね」 ふう、と息を吐いて、その場から立ち上がる。 鞄を持って、脱いでいたブレザーを着て、 「下までは一緒に行きますか?」 と、さびしそうに笑った。 さびしそうに、 なんてのは、 俺の主観だろうが。 本当は俺と帰りたくて残っていたのかと思っちまうな。 そんなわけで、俺は待つことにした。 古泉が俺と別れて姿を消した場所に留まって。 外は寒いが気にならない。 人通りの少ない並木道から古泉は行った。 傘をさしていても靴はずぶ濡れになり、 制服も上下共に重たくなってきた。 古泉。 閉鎖空間にも雨は降るのか? 傘、さしてられないよな。 あのでかい神人は暴風雨程度じゃおとなしくなりそうにないし、 あいつは雨の中あの細い体で戦えるんだろうか。 また風邪引いたりするなよ。 引いたらいつでも俺が看病するけど、心配だ。 あの日・・・ 俺は、古泉に、キス、したんだった。 白い額に。 また看病することになったら、 また・・・、なんてな。 「お」 道の奥に、ふっと人影が現れる。 自然な現れ方だった。 これなら、一般人が偶然見かけてもあやしく思わないだろう。 って、俺も一般人だったはずなんだが。 「古泉!」 「え・・・」 傘を持って駆け寄ると、古泉は傘をさしてはいなかった。 俺の予想通り、俺以上にびしょ濡れになって立ち尽くしている。 「何してるんですか、あなた」 「見りゃわかるだろ。待ってた」 「・・・馬鹿ですね・・・風邪引きますよ」 「お前が言うとおり馬鹿なら、引かないさ」 閉鎖空間に行く前に持っていた傘がその手にない。 そして古泉は俯いたまま、動こうともしない。 古泉らしからぬ様子に心配になる。 「どうした?」 「・・・・・・」 「古泉・・・?」 雨に濡れているせいで、 まるで、 泣いているみたいに見える。 背伸びをして、 傘を持っていない方の手で、古泉の頭を抱えた。 少しは抵抗するかと思いきや、 すんなりと俺の肩に頭を乗せてきた。 「・・・すみません」 「いや・・・」 「たまに、疲れるんです」 「疲れる・・・神人退治が、か」 「ええ・・・。特に、こんな日は」 雨が降って、風の勢いも強くて、 他の生徒はそんな状況でも少し楽しそうに、 一緒に帰っていく。 だけど閉鎖空間が発生すれば、 ・・・発生しなくても機関の仕事は他にもある、 仲の良い友人と帰ることもできない。 雨の日だけじゃなく。 どんな時でも、心から高校生活を謳歌できることはない。 授業中も、休み時間も、放課後も。 ずっと、 能力に目覚めたころから分かっていたことだし、 慣れていたつもりだけど、 あの日も、 こんな大雨で、 そのせいで風邪をひいて高熱にうなされた。 思い出すと、苦しくなる。 涼宮さんを憎む気持ちなんて全くない、 けど、全部は、 受け入れられてないみたいです。 まだ。 というようなことを、 雨の中、 気を抜くと雨音でかき消されそうな声で、 ぽつぽつと話してくれた。 俺だったらお前の100分の1も受け入れてないと思うぜ。 ハルヒの機嫌次第で人生を左右されるなんてまっぴらだ。 お前はすげー、頑張ってるよ。 こんな弱音なんて弱音のうちに入らんだろ。 「すみません・・・・・・・」 「!!!」 つくづく、大した奴だと感心していると、 古泉の、手が。 俺の背中に回ってくるじゃないか。 こ、こ、こ、これは。 この、状況は。 「いいですよ、僕」 「へ、え?」 情けない声が出てしまう俺。 「今なら、何をされても」 「な!!」 「さびしいから、傍にいてください」 古泉、お前は勘違いしている。 こんな状態のお前に手を出すと思うか? ベタなドラマでは、 主人公は優しく慰めるだけで帰るってのが定番なんだ。 そして俺だってそうする。 今、手を出したりしたら、 絶対後悔するだろ。 一時のさびしさでうっかりやっちまいました、ってのは、 確実によくない方向へのフラグが立つ。 と、 分かっているんだが、 俺は、 「ん、ん・・・・・・」 古泉と。唇を。 重ねてしまった。
なんだか自分でも想像していなかった展開(ry
高校生ってまだまだ子どもだよね!
大人びてるけど本当は我慢できない古泉が好きなんです。