本当は明日、来るはずだった。
母親に、友達の家に泊まると電話している間、
古泉はずっと隣にいて俺にもたれかかるようにしていた。
近すぎる距離のおかげで何度も裏声になっちまった。






母親に許可をもらって電話を切る。
古泉は相変わらず黙ったままだ。
頭の中はあらゆる感情が混在している。





触れるだけとはいえ、唇にキスをした。
寒さで、震えていた。
すぐに抱き締めた、
古泉も同じように、
背に回していた腕に力を込めてきた。








けど、まだ付き合っているわけじゃない。
古泉から好きだと言われたわけでもない。


だからキスをしたのは間違いだった。


古泉がたまたま、さびしいと思っているときに、
たまたま俺がいただけなんだ。





けど・・・、

あんな顔した古泉を俺が、黙って見ていられるわけがない。
そこまで人間、出来ちゃいないさ。







俺はずっと、古泉としたかったんだ。









stairway step8









「・・・古泉」
「・・・・・・はい」
「少しは、落ち着いたか?」









とはいえ、この先まで、気持ちも確かめずにやれるはずがない。



「どうかしてましたね、僕」




俺の一言で、体を離した。
むりやりいつもの笑顔を作って見せてくる。





「すみません。あなたを利用するような、ことをして」
「それは・・・むしろ嬉しいけどさ」
「・・・僕、床で寝ますから。ベッド使ってください」






そうするくらいなら帰る。
俺が床でいいから、お前はしっかり体を休めろ。
疲れてるときは、ゆっくり休まないとな。










古泉の部屋着を借りて床にタオルを敷いて、寝転がる。
申し訳なさそうにベッドに入る古泉にわざと背を向けて、おやすみ、と言った。
別々に寝ると言われたら手は出せない。







この距離で、
古泉が寝ている、
さっきはキスまでした。
風呂上がりだからいい匂いだってする。


それでも、手は出せない。
きっと、やろうとすればさして抵抗もされないだろう。
今の古泉はあまりに弱々しくて、逆に、何も出来ない。
したら負けだ、負け。










「・・・いいんですか」
「何がだ」
「こんな機会、二度とありませんよ」
「俺がそんな男に見えるか」
「見えるときもあります」





がくっ。



そりゃ、たまには、な。
お前がかわいいから。
欲望が表に出るときもある。







「やらねーよ」
「そうですか。じゃあ、せめて、同じところで寝ましょうか」








はっ?





と、疑問に感じているうちに、
古泉は枕と掛け布団を引っ張って俺の隣にやってきた。







「なな、なんだ!?」
「ベッドじゃ狭いので。こっちで寝ます」
「おま・・・さ、誘ってんのか」
「さあ、どうでしょう」






たじろいでいる俺を尻目に隣にやってきた。
あたふたしている俺とは異なり、
すっかり落ち着いた様子で目を閉じる。

古泉を、
ひとりで床に寝かせるわけにはいかない。
よって、
一緒に寝るしかない。
意を決して隣に横たわり、目を閉じた。









そしてすぐ開けた。








「・・・・・・」






すぐ隣に古泉がいる。



長い睫毛、
横になったことで露わになる額、
普段はシャツで隠れている首元。
どれも目に毒だ。









見ちゃいけない。


俺は無になるんだ!















「こい・・・ずみっ」
「・・・・・・・・・・・・」





なれるもんか。






健全な男子高校生だぞ。
何もしない方がおかしいだろ!
跨って見下ろす古泉は、
カーテンの隙間から射すわずかな街灯の光に照らされている。
いつもの何を考えているかよくわからない笑顔でもなく、
閉鎖空間帰りに見た泣きそうな顔でもない。
ただじっと俺を見つめている。






やらないんじゃなかったんですか、って、
お前なら、言えばいいのに。
んな、まっすぐ、見つめられたら。






「大好きだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「やりたいから言ってるわけじゃない、好きだから、言ってるし、
 ・・・やりたくもなる」
「・・・分かってます」





瞼を落とす古泉に、俺は唇を寄せる。





二度目のキスも、すんなり受け入れられた。
俺の中の自制心ががたがたと音を立てて崩れるのが分かる。






「古泉・・・」
「・・・・・・」
「・・・古泉」
「・・・・・・」
「こいずみっ」







唇が触れるたびに、
相手は古泉なのだと認識したくて、
名前を呼んだ。





呼ぶほど、
甘い感情に満たされる。
古泉と愛し合って付き合っているんじゃないかという錯覚すら覚える。















が。








「・・・あまり、名前を呼ばないでください」





合間に、俺から目を逸らして、古泉はそう言ってきた。













冷たい言い方をされたわけじゃない。
だが、その台詞は深く突き刺さった。









自分だと認識してほしくないのか。
相手が俺だと認識したくないのか。

少なくとも、


好きなら出てこない言葉だ。






一気に、熱が冷めていく。




瞼を震わせる古泉の額を撫でて、元の位置に戻った。









「・・・あの?」




名前を呼ぶな、だってさ。
そっか。










お前は・・・





本当に、寂しいだけで。
ただ俺が、お前に構ってるから。
それだけなんだな。
俺が好きだと、少しでも思ってくれてるならよかった。
利用されたっていいとすら思った。











だけど俺には、分かってしまった。
この想いが報われることはない。
ここで古泉に手を出したら、お互いに傷つくだけだ。
案外完璧じゃない古泉だから、
冷静になってから激しく後悔して気まずい雰囲気を作り出すかもしれない。
さすがに俺だって、何もなかったように振る舞うのは無理だ。
たった一度だけの行為のために、
失うわけにはいかない。












まだ、戻れるよな。
キスくらいなら、事故だと思えるよな。








「どうしたんですか?」
「何でもない」
「・・・・・・・・・・・・」
「おやすみ」






むりやり目を閉じた。




全部が、
部屋着も布団も部屋も全部、
古泉を感じるこの場所、
大好きなのに、









ひどく居心地が悪かった。


























「ん〜・・・・・・」


朝日の眩しさで、目が覚めた。
悪天候は前倒しになったようだ。


「おはようございます」






朝から優雅に紅茶などを片手に、笑顔を向けてきた。




一瞬、なぜ朝から古泉が目の前にいるのか理解できなかったが、
そういえば、俺は泊まったんだった。
俺よりはずいぶんと早く起きたらしい。
髪もきれいにセットされていて、
室内なのにしっかりアイロンがけされたシャツを着ている。







「はよ。今・・・」
「10時です」
「げ。起こしてよかったのに」
「気持ちよさそうに眠っていましたから」




寝つきは悪かったが、いつの間にか落ちていたらしい。
しかも、床に寝ていたはずがベッドの上にいる。
古泉がそうしてくれたのか?




まだ寝起きで頭がすっきりしない。
出してくれた無糖の紅茶を飲んで、
古泉をじっと見つめた。







「何ですか?」
「ん・・・」





俺は、
確か、
昨夜、






「お前に振られたんだよな」
「!」






軽く流されたり、
ばっさり斬られたり、
その程度ならいくらでもあった。







あれは、
たとえ体は許しても心は開かないと言われたに等しい。





「はあ・・・・・・」





小さくため息をつく俺に、古泉は何も言葉をかけてこない。
自覚があるんだろう。







「今日の予定は、キャンセルな」
「・・・ええ」
「帰るわ」
「朝食、は」
「家で食う」








短い会話だけ。
すぐに制服に着替えて鞄も持った。
その後は大して言葉を交わすこともなく、古泉の家を出る。





帰り道は青空が眩しすぎて、
目が痛かった。





















古泉が何事もなかったように振る舞えるか、
そんな心配をしていた俺の方が断然、




意識してる。








「さあ!今日もくじ引きでグループを決めるわよ!」







翌日、晴天が続きハルヒは上機嫌である。
分かりやすい奴め。




古泉とは全く視線を合わせられず、挨拶も無視した。
ハルヒが気付いた様子はないものの、
このままではまずい。
時間が解決してくれるのか。
とにかく今は顔を付き合わせたくない。
古泉とは同じグループになりませんように、
力いっぱい祈りを込めて楊枝を引くと、珍しく祈りは届いた。
今一番一緒にいたいお方、
朝比奈さんと二人きり。









ほっとして肩の力を抜き、
並んで歩き始め、
しばらくすると朝比奈さんが不安げに呟いた。







「あの、キョンくぅん・・・」
「はい、なんでしょう」




今日も実にかわいらしいお声。癒されるとはこういうことだ。





「古泉くんと、何かありました?」
「へぇっ?」
「ずっと・・・仲良しだったのに、今日、お話していなかったから・・・」






ま、まさか朝比奈さんが気付いていたとは。
最も気付かなさそうなお方だと思っていたが意外と鋭いのだろうか。





「いえいえ、なんでもないんですよ」
「本当に・・・?」
「・・・はい。すぐに、元に戻りますから」


多分。










あとは俺の気持ちの問題だ。
本気で好きだったんだと改めて思う。
もちろん今だって、変わった訳じゃない。
すぐに元には戻れない。








けど、戻さないと。
好きだったことを忘れて、


二人で出かけた思い出も、


古泉に渡したマフラーも、


もらった目覚まし時計も、


・・・唇の感触も。






全部どっかにしまい込んで、戻さないと。





「キョンくん・・・」





こんなに可愛らしい、
天使と見紛うような朝比奈さんと一緒にいるのに、


俺は古泉のことばかり考えていた。


















「ちょっと、いいですか」





合流して、飯を食べている間も、
俺は常にハルヒの相手をすることで古泉の視線から逃げた。
だがいざ解散というときに、
ハルヒの目の前で古泉は俺に声をかけてきた。
断れる理由がない。
ハルヒの手前で、出来るもんか。






「・・・おう」
「涼宮さん、すみません。僕たちはこれからまた少し・・・」
「分かったわ。じゃあみんな、また明日ね!」








二人きりで喫茶店やファミレスに入り直すのもどうかと思い、
暖かかったから小さな公園で話すことにした。







「・・・で、何」


言い方が冷たくなってしまう。
古泉相手にこんな言い方はしたくない。したくない、のに。







「涼宮さんが、僕たちがおかしいと、気付いてます」
「ハルヒが?」
「あからさまでしたから」



朝比奈さんにも気付かれていたくらいだ。
そりゃ、分かるか。




「ハルヒのためのパフォーマンスってことか。それならもう帰っていいだろ」







あいつの前で言ったのはそういうことだよな。
お前が何よりハルヒ優先なのは知ってるよ。
いつものことだ。



いちいち傷付いてどうする。






「違います、きちんと話がしたいって」
「話すことなんかない。答えは出た」
「っ・・・・・・」
「それとも、失ってから気付いたから僕と付き合ってください、
 って言ってくれるのか」





自嘲気味に笑う自分が虚しい。


頼むよ。

振られた後にまで惨めな気分にさせないでくれ。





「明日からは普通に出来るようにする。だからほっとけ」
「どうして、そんなふうに言うんです」
「お前が言うかよ、それを」





拒絶したのはお前のくせに。
俺の気持ちなんかちっとも分からずに、
どんなに好きだったか、
伝えても受け入れられない想いを、
必死に伝えようとしてきたのに、
お前は全然、分かってくれなかった。








独りよがりだと分かってる。



俺が勝手に惚れたんだ。
嫌がるお前に。















「ごめんなさい」





震える声に顔を上げれば、
古泉が、唇を噛みながら、
本当に申し訳なさそうに俺に頭を下げてきた。












・・・ムキになっていた自分が恥ずかしくなる。






寂しいときに、
自分を好きだと言ってくる相手に甘えることが、
そんなに悪いことだろうか。





違うよな。



お前は、他に甘えられる相手もいなくて、
やっと俺を見つけてくれたんだ。









「古泉」
「ごめんなさいっ・・・」
「いいよ。顔上げてくれ」
「ー・・・、っ!」
「これでチャラな」








またしてやった。
唇に、

恐らく最後のキスを。





古泉は相当驚いたらしく、
しかし自分が謝っている状況だからか、
顔を真っ赤にしただけで怒りはしなかった。 










いいんだ。


俺は、お前が好きだから。




気が向いたときに甘えてくれればいい。
気持ちが通じ合うことはなくても、
元々、通じる可能性なんかなかったんだから、いいんだ。





「そんな・・・顔、しないでください」
「変な顔してるか?」
「・・・はい」
「ひでえな」





自分でも分かるよ。
人前で泣きたくなったのは初めてだ。










「家まで送る」
「あ、はい・・・」
「もう迷惑はかけないから心配すんな」
「それは・・・」









しばらくは好きでいることを許してくれ。
俺もお前が甘えてくれるなら全部受け止める。
けど、もう、
好きになってほしいとか、思わないことにするよ。













そうするのがいいんだろ。
俺にとっても、お前にとっても。










thank you !

ギャグで進めてきたのになんかシリアスぶっちゃった!
ちょっとポジティブさが折れたキョン氏・・・

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