「すっかり寝ちまったなあ」
「そうですね。お酒が弱いのは昔から変わらないんです」




ソファに横になって気持ちよさそうに寝息を立てているのは僕の旦那さまです。
高校時代からのお友達、
谷口さんを家に連れてきてしばらくは賑やかに話していたのですが、
お酒を飲み進めるごとに瞼が下がってきて、
今ではこの様子です。




「ベッドに連れてこうか」
「すみません。お手伝いいただけますか」
「もちろん」






谷口さんはよく遊びに来てくれます。



僕も昔から知っているから、
今では涼宮さんの話も聞いてもらっていて、
僕にとっても良いお友達なんです。








友達






二人がかりで彼を寝室に運び、
代わりに布団を持っていく。
ソファベッドで寝てもらうので、そのために。



「もうお休みになります?」
「んー、飲み足りねえな。古泉、ちょい付き合え」
「かしこまりました」



新しいワインの栓を開けて、赤く透き通った液体をグラスに注ぐ。

僕は日本酒や焼酎は苦手ですがワインならおいしく飲めるようになりました。
彼が事あるごとに赤ワインを買ってきてくれたからでしょうか。








「しかし俺はキョンがうらやましいぜ」




谷口さんは何でも飲めるようです。
ワインをぐいと飲み干して少しだけ頬を紅潮させ、しみじみと呟きました。








「え?彼が、ですか」
「おう。美人な嫁さんもらってさ、飯もうまいし」
「はは、そんな。谷口さんはご結婚の予定は…?」
「ないない。俺は片思い人生だから」




高校を卒業して大学生になった頃、
谷口がえらくモテだしたんだよ、
と彼は苦笑を交えて話してくれました。




だけど長続きはしなかったようで、
働き始めた今は、
仕事に忙殺されてナンパする暇すらないそうです。


でも、遊びには来てくださるんですよね。







「谷口さんならすぐに相手が見つかりますよ」
「ホントかよ」
「はい」




だってとても、男らしくなりましたし、
スーツが似合う大人の雰囲気が出てますよ。





「んなこと言ってくれんのはお前だけだよ」
「そうですか?」
「お前はいい奴だな」





また一口飲んで、僕の隣に座ると肩に頭を乗せてきました。

あれれ、眠いのでしょうか?







「俺、カッコいい?」
「はい」
「キョンとどっちが?」
「ええっ」





それは難しい質問です。




僕にとっては彼が世界で一番ですが、
こういうときは世間一般の目から見た評価を伝えなくてはいけません。
どうなのでしょう。
僕よりは、涼宮さん…は、駄目ですね。
朝比奈さん…も、若干、ひいきしそうですし、
長門さんは僕以上に難しく考えてしまいそうなので、
鶴屋さんあたりに聞いていただくのが一番宜しいかと。






「うーん…」





でも今聞かれているのは僕だから。
真面目に答えましょう。





じっと見つめる。






飲んでいたせいでやや乱れた前髪。
オールバックの髪型は相変わらずですが、
やや茶色がかったカラーが入りました。
人好きのする笑顔、二重の瞳、大きな口、
そこから発せられる明るい声。



…じゅうぶん魅力的だと思いますが。








「古泉」
「はい?」
「そのまま見てろ」
「え?」






ぽん、と肩に手が置かれる。




一瞬おかしな予感が頭をよぎりましたが、
まさか、とすぐにかき消します。








だけど、
消した直後に。








「!!」







谷口さんの顔が、間近に迫って。






あれ?





あれれ?









「…古泉」
「は、はい」





あれ…?


今、僕、






キス、されました?












「俺さ、お前みたいな嫁さんが欲しい」
「ええっ?」






ぼ、僕、曲がりなりにも男ですよ?



わ、わ、また、キス、されそうになって今度は避けました。




酔っているんですね。
彼以外にキスされたのは初めてで正直なところ動揺していますが、
谷口さんのしたことだから深く考える必要はなくて、


…落ち着かないと。








「優しいし、かわいいし」
「い、いえ…でも、」
「キョンを見てたら男だとか女だとかどうでもいい気がしてきた」








どうでもよくはありませんよ、
彼のご家族はたまたま理解がありましたが、
僕も家族がいないからよかったものの、
一般的にはあまり認められていません。







「そういうことじゃなくてな」
「はあ」
「気持ちの問題だ。男を好きになるなんてあり得ねえって先入観はよくないと」
「ふむ…」











僕は気付いたときにはすっかり彼に落ちていました。
自分の気持ちは自分が一番よく分かってます。
ただ、彼が受け入れてくれるとは確かに思いませんでした。
それも同じようなものでしょうか。







「もっと早く気付いてたらお前を口説いたのに」
「そんな。僕より魅力的な方はいくらでもいますよ」
「俺は古泉がいいんだよ」
「うわわ!」






ちょ、ちょっと、顔が近すぎます!


背中に回された腕も予想外に力強くて、
少し動いたくらいでは離してくれそうにない。
谷口さんはお酒が強いと思っていましたがそうでもないんですね、
お水をお持ちしますから、離してくださいっ。








「離したくねえ」
「ええっ!」
「もっかいキスさせてくれたら離す」
「だ、だめですよ!」







彼はぐっすり眠っていたから起きてくることはなさそうだけど、
見られる見られないの問題じゃありません。
彼だって僕だって一度も浮気をしたことがないから、
しないって決めてるんですから、
キスなんて、とんでもないです。





「舌入れねーから」
「そういう問題でもないです!」




し、舌なんて。







彼と付き合うようになってからキスをするまでに、
どのくらいの時間がかかったんでしたっけ?
今でこそ何の遠慮もなく後ろから抱きついてきて唇をつけてきますが、
最初の頃はお互い照れすぎて何も出来なかったものでした。
それを思い出すと簡単にキスされてしまったことが悔やまれます。






「古泉ぃっ…」
「ひゃ、あっ」
「耳、弱いんだよな。あいつに聞いた」
「な…なんて話を…」
「なあ…」








たとえ涼宮さん相手でも耳打ちをされるとぞくぞくきてしまう僕です。




いつもと違う、低い声を耳元で聞かせるなんて。
背中が震える。














まずいと直感で分かってすぐに強く胸を両手で押すと、
意外とすんなり、離してくれました。






「すまん。酒の勢いでやりすぎた。嫌だった?」
「…い、いやです」
「はっきり言うな。堪えるぜ」










嫌悪感があるわけじゃ、ない。





でも、僕には彼だけだから、
それははっきりさせなくちゃいけない。















二人とも黙りこくって気まずい雰囲気になってしまいました。
もう寝ましょうかって一言伝えればいいのに。








出来ないまましんとした時間が過ぎて、
谷口さんはゆっくりと、
僕の手に手を重ねてきました。









「俺さ…」






真っ赤な顔。
いつも、酔ってもこんなには赤くならない彼が。









「お前を好きになっちまった」















  「谷口はさ、口を開けば冗談しか言わないよね」
  「国木田ー。そんなことねえだろ」
  「いや、ある。本気でぶつかることも大切だぞ、たまには」
  「さっすがー、本気でぶつかった人が言うと説得力があるね」
  「だから、キョンも。俺はいつだって真剣だ!」










集まればそんな話ばかりしていた。
僕は彼の隣で笑いながら、
それが谷口さんのいいところなんじゃないかなって思ってた。



きっと彼が本気で気持ちを伝えれば、
普段の彼を知っているなら、
その想いを分かってくれるだろうから。









けど、その相手が、よりによって僕?



酔ってるんですね、なんて、言えない。
そんな、顔じゃない。












「キョンを裏切る気もねえし、お前が俺を好きになるとも、…思ってない」





弱々しい声。
泣きそうな目。






「いつからかわからねーけど、たぶん、ずっと、好きだったんだ」














  優しかった。
  冗談めかして気遣ってくれていたことは何度もあった。
  彼の性格なんだと思って、



  「谷口さんて、いい人ですね」
  「はあ?あいつが?ただのアホだろ」




  聞いてみたらすぐに否定されました。
  気付いてないのかなと思ってましたが、
  あれは、僕にだけだったんですか?








「すまん。…迷惑だよな」






触れていた手をぱっと離し、
小さく首を振って、




「忘れてくれ。勝手だが、俺はこれからもキョンとも古泉とも仲良くしていきたいんだ」




わざと明るい声で言ってきた。











  忘れてください。



  僕も彼に言ったことがある。
  気持ちが溢れてどうしようもなくて、
  告白してしまった時。




  忘れてください、言った僕に、
  彼は優しく笑って、



  「忘れねえよ」









  風に揺れる黒い髪。
  夏のにおい。


  どこかから聞こえる祭の音。






  「俺もお前が好きだ」





  全部、覚えてる。












「古泉?…怒った?」
「違い、ます」
「ごめんな」
「いえ…」






好きになることは悪いことじゃないです。
僕を大切にしてくれるのは彼だけだと思っていたから、
僕の言動であなたをいつか傷付けたかもしれません。
全然知らなかった。








…いやじゃないし、

好きって、

彼と一緒になった僕を知りながら言ってくれるのは、
本当は嬉しいです。







「すみません」
「古泉が謝る必要はこれっぽっちもないだろ」






でもやっぱり、僕は彼といるからこそ、
あなたに好かれるような人間になれたんだと思うから。






「僕は…」
「分かってる、お前がキョンにしか興味ないのも、すげー、好きなのも」
「谷口さん…」
「ずっとお前らを見てきたからな。完全な負け戦に挑んでるのは承知の上だ」






それでも伝えてくれた。
全部を知りながら好きだと言ってくれる人に、
人生で一人会えただけでも、幸せでした。


これ以上は僕にはもったいない。








「あ…ありがとう、ござい、ます」
「はは、丁寧な奴だな」
「谷口さんは、素敵な方だと、思います」
「…」

「僕じゃ、ない、ひとと…」







幸せになってほしい。














「すまん。マジで。泣かせるつもりはなかった、けど」




僕に触れようとした手は、すぐに引っ込められて背中に回る。



「お前の性格を考えれば分かることだった。すまん」






何度謝られたんだろう、謝らせてしまったんだろう。






「…もう言わねえからさ」
「……」
「これからも仲良くしてほしいんだ、なんて、ワガママかな」
「そんなこと、ありません」
「そっか?サンキュ」
「嬉しかったです…すごく」
「…古泉にそう言われただけで十分だ」





立ち上がり、ソファに横になると、
そばに置いていた布団を頭からかぶりました。


僕も顔をティッシュで拭ってから立ち上がる。





リビングの電気のスイッチに手をかけて、
小さな声でおやすみなさいと伝えた。







彼は顔を見せないまま腕だけ振って、
僕はそれを合図に電気を消してドアを閉める。















寝室に行けば大切なあの人がすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。
起こさないように静かに隣に入って抱きつく。




「んむ…」
「おやすみ、なさい」








あなただけ。
僕にはあなただけ。
ずっとずっと大事にするって、あの日に誓った。







「一樹…、…やすみ…」
「はい…おやすみなさい」





大好き。
あなたが好きです。



あの人が好きになってくれた分を、
僕はあの人に何も返すことができないから、
大好きなこの人を、
大切にするくらいしかできない。









これでいいんだって自分に言い聞かせたら、
彼が寝返りを打って僕を抱きしめてくれた。








こうしてあなたの腕の中で眠れることも、
あなたに毎日名前を呼ばれて、
好きだと言ってもらえるのも奇跡だと思うんです。

あなたが受け入れてくれなければ、
誰かに好かれる人になんてなれなかった。
あなたに想いを告げられなかった間、
どうすればこの気持ちを諦めて、
あなたと会わずに出来れば誰とも関わらずに、
こんな想いを抱かなくなるんだろうと、
そんな風に考えていたんです。







奇跡が起きて、あなたは僕を好きになってくれた。
僕とずっと一緒にいてくれると誓ってくれた。
だから僕は今ここにいることができて、
穏やかな日々を過ごせている。
料理を上手にできるようになったのも、
毎日笑顔で過ごせるのも、あなたのおかげです。














彼に抱きしめられたとき、
耳元で囁かれたとき、
すごくどきどきしてしまったけど、
僕にはあなたしかいません。
彼もそれは分かってくれていました。








だからこれからも友達でいてほしいと思います。
あなたの友達だから。
僕にとっても大切な友達だから。







きっと大丈夫です。
友達でいられます。
胸の奥にある淡い気持ちも、
あなたと朝を迎えれば消えているはずです。













だから今夜は、
いつもよりぎゅって強く抱きしめて眠ること、
許してください。









thank you !

よくある話でごめんなさい!谷口を書きたかっただけです!
(きっとみんな気付いている)
浮気させたかったけど無理でした。古泉を悪い子にできない(´・ω・)

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