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一年に一度の日がやってきた。



なぜかは知らないが、
神様とやらの気分が向いたこの日だけに天の川にかかる橋を渡る。
これがなければとてもじゃないが向こう岸には渡れない。
水底は肉眼では観測できないほど深いし、
船を出しても決して戻ってくることはないという。




ただし、今日だけは。
7月7日だけは橋がかかる。
それも大層ご立派な、金づちでたたいたって割れそうもないほどのさ。
神様は非常に気分屋だ。
どうせ7月7日を選んだのもラッキーセブンだからこの日にするわ、
一日くらい橋がかかっても楽しいでしょう?くらいのノリで決めたんだろう。
あいつはそういう奴なんだ。



しかしそのラッキーセブンには感謝しなくてはならない。
俺はこの橋を渡る理由がある。
一年に一度しか会えない相手が、向こう岸にいるから。
この日を逃すわけにはいかない。
それどころか、一年の他の日はこの日のためにあるようなものだ。
どれだけ待ちわびたことだろう。






「織姫、会いに参りました」





さあ、織姫。
俺にその顔を見せてくれ、声を聞かせてくれ。






ラッキーセブン






織姫の存在に気づいたのは、ふとしたことがきっかけだった。
たまには天体観測でもしてみようかと、
家にあった天体望遠鏡を使って空を見上げた。




つもりだった。




「ねえねえ、それ、上向いてないよお」




妹に的確なツッコミを受けて気づいたが天体望遠鏡は
水平に伸びたままで空を映しださない。
その先は天の川の先の大地を示していた。



そこに俺は、見てしまった。
あいつがいるのを。



美しい衣装で身を包み、柔らかな栗色の髪をなびかせ、
どこか憂いを帯びた表情で川岸に立っていた。






「何してるのー? のぞき見?」
「うるさい」
「いけないんだー!」


悪いことはしていない。
着替えを覗いているわけでもない。

大体、
どう見たってあいつは男だ。








それでも俺は会いたくなった。
直接近くに行って会ってみたくなった。
あんなに美しい星がいるとは思っていなかったから。
今まで出会ったどんな奴よりも、
この世で一番などと称されるあの神様を初めて見た時よりも、
俺には強い衝撃が走ったんだ。











初めて会ってから何年が過ぎただろう。
長い、長い橋を走って渡る間それを考える。





俺たちの寿命はとにかく長い。
占いで前世が人間だったらしい俺は、
そのころは平均寿命80年だったとか、なんとか。
人間というのははかない生き物だ。
星の一生はそれに比べれば果てしなく長い。
だから見た目も10年20年じゃ変わらないし、
1000年会ってなければ「お、お前大人っぽくなったなあ」なんて会話をできるくらいだ。


だが織姫と会うようになってから、
一年がどれだけ長いかを俺は思い知らされたのだ。









織姫と呼ばれていることは会ってすぐに知った。
赤い布に黒い花が咲いた衣装が美しかった。
近くで見る方が遠くから天体望遠鏡で見るよりもずっとずっと、
美しかった。


俺は会えた喜びと実物の美しさに感動してすぐに結婚を申し込んだが、
あっさりと断られてしまった。




「ぼくには、彦星という決められた相手がいるのです」
「誰だそりゃ」
「・・・一年に一度会いに来てくれるらしいのですけど、まだ来てくれません」







運命に決められた相手がいるのだと。
一年に一度、橋がかかったこの日に会いに来てくれる、
小さい頃に教えられたと、あの日の織姫は言った。





「もしかして、あなたですか?」




きらきらとした瞳が俺を見つめる。
瞬時に頷こうかと思ったが、俺の名前は彦星じゃない。
嘘だとばれた時に嫌われるのが目に見えている。




「すまん。俺じゃない」
「そうですか・・・」
「俺の名前はジョン・スミスだ。覚えておいてくれないか」
「ジョンさん」
「来年も会いに来る。彦星が来なかったら、・・・また俺に会ってくれ」






男は引き際が肝心だと昔から言われてきた。
それに、彦星が来た時に俺がいたら織姫も困るだろう。
織姫。
また来年、会いに来る。
悪いが、
彦星が来ないことを祈るぜ。じゃあな。




そんな気持ちで最初は身を引いた。
そして翌年の7月7日まで、
何度も望遠鏡で観察しながらその日が来るのを待ちわびた。














今年は何度目か結局思い出せなかったが、
こうしてまたやってきた。




彦星はまだ現れない。










「こんにちは。・・・お待ちしてました」
「俺も会いたかった」
「今日はケーキを作ったんですよ。あなたに、食べてもらいたくて」
「そうか、サンキュ」


毎年根気よく通ったおかげで随分と仲良くなった。
このように、俺のためにケーキを用意してくれるほどに。







織姫はいつも美しい。
会うたびにどんどん好きになる。
美しいだけじゃなく、性格もいい。
丁寧な口調に、誰に対しても穏やかな物腰。
たまに回りくどくて説明がやたらと長くて意味が分からなくなることもあるが、
さして問題ではない。
長い話くらい、かわいいかわいいと思っているうちに終わる。





この織姫に会いに来ない彦星とはいったい何をしているんだろう。
橋を渡ってやってくる、ということは、
俺と同じ方に住んでいるということだ。
彦星なんて名前、聞いたことがない。



「ジョンさん」
「ん?」
「今日はちょっぴり、特別なんです」





そう言われてみれば今日はいつもと違う。
会った時から分かっていたが、
毎年見る深紅の着物ではなく桃色のものを着ている。
いつもよりさらに可愛らしい。心拍数が、会った瞬間に上がったものだ。
持ってきたケーキも思っていたより豪華で、
4段重ねで頂上にはハートマークに形どられた金の飾りまで付いていた。



「ずいぶんすごいな、これ」
「はい。気合いを入れて作りましたから」


作ってる姿を想像するだけで興奮できる。
俺のために、作ってくれたんだ。
わざわざ時間と手間をかけて。


しかしどうして今日だけ?






「はっ・・・・・・!」






もしかして。
彦星が、現れるのだろうか。
今日で最後だから、
俺と会えるのは最後だから、
こんな風に?




「織姫・・・まさか」
「はい。そのまさかです」



いつも、笑顔のはずの織姫の顔に、影が落ちる。
俯いた瞳には涙が滲んでいるように見えた。









そうか、今日が最後になっちまうのか。
お前がそう言うなら俺は身を引くよ。
お前はいつだって、優しかったから。
本当はずっと一緒にいたいけど、
お前が幸せになれるならそうなる相手の方がいい。
俺なんて、織姫みたいな通称を持っているわけじゃない、六等星レベルだ。
最初から釣り合うとは思っていなかった。



今まで、一年に一度でも会えたことが、
奇跡みたいなものだったんだよな。







「え、えっ? どうして泣いているんですかっ?」
「泣いてねえよ」
「だって、ここに涙が・・・」
「ばか。触るな」
「!」




っと、言い方を間違えた。



だって、お前が、簡単に触ったりするから。
俺の顔に、その、綺麗な指で。
これから違う奴のところに嫁ぐんだろ、
俺に触ったりしたら、だめじゃないか。







「・・・ぼくに触られるの・・・いやですか」
「そうじゃない! でも、お前が・・・」
「僕が?」
「今日は来るんだろ、彦星。もう、・・・俺には会えないなら、」
「え! 違いますよ!」
「何?」





否定するなり、俺の手を握ってくる。
思ったより暖かいその手に心臓が飛び跳ねた。



こ、こら、だから、勝手に触るなと、

ん? でも、違うんだったか?




「彦星は来れなくなってしまったんです」
「なんだって?」
「運命に定められた相手よりも、もっと大切な相手が出来たのだと便りがありました」
「な・・・ずっとお前を待たせておいて、便り、って、」





どれだけこいつが待っていたと思うんだ。
会えない間も川岸で想いを馳せながら。
それを便り一通で片づける気か?
くそ、知りもしない相手に腹が立ってきた。



「どこのどいつだよ。ぶん殴ってやる」
「ダメですよ。乱暴なことは」
「けどな・・・」
「それに、僕はよかったと思っているんです。あなたとずっと、一緒にいられるから」









・・・言われた瞬間の俺は、かなり間の抜けた表情をしていたと思う。
何せ自分が何を言われたのか理解するまでに、
たっぷり5分以上の時間がかかったのだから。


その間、古泉は赤くなったり青くなったり泣きそうになったり見つめてきたりうつむいたり、
忙しそうだった。
何も言わないから俺の反応を色々と想像してしまったのではないか。
俺は、5分ともう少し経った後にようやく、理解した。






そうか。
もう、ライバルはいない。
勝手に俺の中で存在がでかくなっていた、
勝てるわけがないと思っていた相手は、いなくなった。





織姫が見ているのは、俺だけ。







「織姫! 俺も、お前が大切だ。
 知ってるだろうが、ずっとずっと、大好きなんだ」




やっと我に返ってすぐに大声で伝えると、
不安で泣きそうになっていた顔が笑顔に戻る。





「僕もあなたが大好きです。待っても来てくれない彦星よりも、
 毎年走って会いに来てくれる、あなたが」
「・・・織姫」







改めて、襟を正す。
花の一輪でもあればよかったが、残念ながら持ち合わせていない。
次に会う時には抱えきれないほどの花を持ってこよう。



ひざまずいてその手を取った。
想いは十分、伝わっているだろうけど、
それでも、きちんと伝えさせてもらう。








「名前で、呼んでください」
「いいのか?」
「はい」
「じゃあ、古泉」




俺は、お前の名前も好きだ。
綺麗な響きをしているから。






「俺と結婚してくれ」
「・・・はい。僕を、お嫁さんにしてください」
「古泉・・・!!」






ひしと抱きしめ、その体から発せられる甘い匂いにくらくらしながら、
俺はふと、思い出した。











そうか、
去年の今日、思っていた。





あと一年で、
古泉と初めて会ってから777年目になるな、と。












悪くないぜ、神様。
ラッキーセブン、俺も、好きになれそうだ。





thank you !

彦星は次のうち誰でしょうか?
@谷口(浮気性だから一年に一回とかムリでした)
A鶴屋さん(ジョンが毎日ストーカーのように監視しているのを知って譲ってあげました)
B会長(喜緑さんに骨抜きにされました)
いろいろ適当すぎてごめんなさい!ジョン・スミスって言わせたかったの・・

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